雑談 2022/10/27(それはオリジナルか?似つかわしくないマネか?)
今回は愚痴のような、問題提起のような、なんとも難しい考え方に入る部類です。
軽い気持ちでスルーしてください。
まあ、普段から、僕の食卓ってのは松屋なんですよね。単に駅から出て目の前にあるから入ってしまうだけで、そこが吉野家だったらそれでも変わらないとは思います。
ここが好きなポイントは、外人さんが少なく、割と落ち着いて飯が食えるという点で、よく入ってしまう店なんですね。
いつものように19時過ぎぐらいでしょうかね、松屋に入ったら、なんか大騒ぎしている集団がいるわけですよ。まあ、多分超進学校の中高生の集団です。
飯を食いに来るのは結構なんですけど、騒いでるのもそうだし、なにより気になったのが、いわゆるYoutuberに限りなく近い話し方だったことです。飯を食いながらいやいやながらに聞こえるのですが、まあ、それが意外と癇に障るというか、不快だったんですよね。何より黙食だって書いてあるだろうにって思うんですけど、まあそこは若気の至りというところでしょうかね。
どうも、最近のYoutuberに思うのは、話し方が早口でまくし立てるような感じで、そこに関する予備資料もなく、いわゆる公の放送という枠からは外れてしまっているものも多いのではないかと思うのです。これは個人的な意見ですが、Youtuberというものも、世間一般というものも、広く浅く物事がわかっていれば、それでいいという風潮があるんじゃないかと思うんですよね。例えばAに関連したBという情報がAのルーツである時、Bは必ず解説をしなければいけないと思うのですが、そのBの話をせず、極力お茶を濁すような形でAを紹介する。でもそれで情報としては成り立つ。こういう動画がひたすらまでに多いと思うんですよね。
まあ、それはそれとして、どうもそういう話し方というものが、僕にとっては浅はかであると思ってしまうのです。言っちゃ悪いですけど、BGMにすらならないんですよね。だけど、それをターゲットとしている層が見れば、当然マネをしたくなる、というより勝手に身についてしまうというのが正しいのでしょうかね。
基本的に、地上波のテレビよりも視聴率が取れてしまう可能性を秘めている動画ストリーミングサービスにおいて、面白いこともそうですけど、もっと聞いてて心地良い日本語を使える人が増えないものかと思います。
で、そこを書いたところで、見ているユーザーにも感じるのは、君がオリジナルであると思っているものは、限りなくどこからかのパクリであり、そこを自分流にアレンジしてこそ、真のオリジナルになると僕は思うんです。最初はマネでもいいんです。コミュニティ全体が真似だらけの世界でもいいんです。でも、そのコミュニティが5人いた場合、オリジナルが5通り出なきゃいけないわけで、前述の松屋にいた中高生はそれが声の違うだけの、全く同じ話し方をする数名だったことに問題があるのだと思っているんです。君の話し方は最初からそうなのか?というのは非常に疑問でしかないです。強い個性を持った若い人たちは、何より自分がオリジナルであることを自負しているような人ばかりなのですね。まあ、こういうひとばかり増えたら日本社会ではよろしくないのですが、海外ではそれが当たり前であり、強みにも武器にもなるんです。そのことを如何に若い時にわかっておくかで、Ifという選択肢が増えるんじゃないかな。
僕の喋り方というのは、説得力があるのだそうです。そして聞いている限りは、相手が不快にならないとよく言われます。これが僕の武器の一つであり、今の僕を構成している一つのファクターではあるんです。別にそれを生かした何かをしようとは思いませんし、何よりそれは10年前に試して捨てているんです。別にそれを今でもやりたいかなと思うこともあるんですけど、もう今さらなんですよね。ただ、一般生活でこれが活かせるのだから、別にいいのかなと思っていたりします。
そうやって自分を作っていくのも、生きるのには必要な要素です。若い人たちには、それに早く気づいてほしい。答えに説得力を持ち、もっとマウントを取るような喋りではなく、ゆっくりと自分の言葉で話してほしい。僕は重要な要素だと思いますけど、さてどうでしょうかね。
おしまい
by aru32to | 2022-10-27 23:36 | 雑談 | Trackback | Comments(0)


