人気ブログランキング | 話題のタグを見る

雑談 2022/02/04(結局、日本は声の大きさで物事が決まる文化でしかない)

今日は読みたくない人はスルーして結構です。つまんないよ。


言ったもん勝ちと言われてもしょうがない。

個人的な話になるのですが、僕が声の通りがよく、強く物事を勧めない理由の一つに、父親からのしつけと称した虐待に近い扱いを受けたことがあります。
つまり反抗するためには、声を大きくしなければいけない。しかし、父親は悪いことをすれば罵り、ガンガン殴られたため、諦めにも似た気持ちになっていたわけです。3歳にしてそれぐらいの状況に追い込まれていると、やっぱり今でもそれがトラウマレベルで蘇ってしまうというのがあります。

去年、体調を崩して、今ようやく復調してきているということは、その影響をモロに受けている証拠だと思います。

日本人とひとくくりにするといけないと思いますが、たいてい悪い方向へ話が行くときは、発言力の強い人間の感情的な意見です。日本では、残念ながらそこで討論をする場を設けない、つまりその発言に対して会議は行わない、あるいは会議で有っても、基本線が決まっている中での、打ち合わせみたいなものなのだから、やる意味がないんです。僕がここ1年で学んだことは、無駄に相談する時間があるなら、もっと組織と体制という枠組みをガッチリ組んだ上で、一つずつ丁寧に物事を解決していくことが、日本の組織にはまだ浸透していない。浸透させるにはどうすべきか、考える年齢に来ていることです。

そもそもバカバカしいんですよ。罵声を浴びせる側はそれでいいかもしれませんが、浴びせられる側より、周辺の士気が下がっているということが全く分からない人は、正直組織で重要なポストを担うべきではないんです。でも、日本ではその傾向が強い。つまり声の大きさで、目の前の問題点をすべて遮ってしまうということが問題で、その問題点はどうすれば解決出来るかを何一つ提示出来ない。平成30年あって、日本人は何一つ学んでいないことの現れであり、未だに昭和世代が手腕を発揮している。これが社会的弊害であることに気づかないうちは、少なくとも組織と呼べない。ゆえ、僕はその組織から離れる決意をさせられたときには、責任感の手前からくる不安と、意外とホッとした安堵感がありました。
組織人にとって、組織が騒がしいことは好ましくないことであります。サラリーマンであるなら、勤務時間は自分の仕事に専念したいと思うはずです。それを奪ってしまう人間はまだまだ日本には多い。賃金も上がらず、働けどどんどん給料から天引されれば、日々を生きるために日銭を稼いでいるぐらいにしか思えないのです。声の大きい人間が無給で働いているなら、多少は見方も変わりますけど、確固たる地位があり、給料も2倍なりもらっていれば、悪いですけど、もう本当に行きている望みがない、生まれてきたから仕方なく生きてるという人だけになってしまいます。

僕は、この10年を死んだ10年だと思っています。それぐらい、いいことはなかった。そして学んだことは、何を言おうが、声の大きい人間には、僕の声は届かないということです。僕は相談するチャンスすら貰えなかったことも数しれずです。ここ1年は、それが本当に辛かった。

最後に、情熱だとか、内に秘めている新年だとか、それは理論があって、初めて成り立つものです。お互いの理論をぶつけ合ってもいいと思います。でも、上下関係しかない日本で、それが成り立つことは、僕の生きている限りはないと思っています。せめて、嫌な顔をしていたら、まず気づいてあげること。そして理由を聞くぐらいの優しさは見せて欲しい。奥ゆかしいことを逆手に取る社会は、僕は人間の衰退を生むだけだと思っています。


おしまい







by aru32to | 2022-02-04 22:30 | 雑談 | Trackback | Comments(0)

名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。